生存者



 無人島でわたしはひとりだった。
 漂着してのち40と7つの夜をこの島ですごした。あとはわからない。その日から数えるのをやめたから。
 40と7つの日をともにすごした「仲間」たちが皆死に絶えてから、わたしはひとりになった。
 しばらくは、孤独だった。10と4つの夜を孤独を抱いて眠った。
 食糧はとうに底を尽いていた。
 かとうじて船から持ち出した食べ物を巡り、6日目に2人が殺しあった。そのひと袋のビスケットはわたしの持ち物だったものだが。
 わたしは2人を止めることもなくただ2人が互いに互いの命を奪い死んでゆくのを見ていた。
 残された者たちは、限られた食べ物を分け合い、水を手に入れ、生き延びる術を探した。
 しかし、この島を包む海には魚の影もなく、野山に実る果実もみあたらなかった。
 海は、昼には限りなく続く絶望と苦しみをわたしたちに映し、夜には手招きをする死の呼び声を波が伝えた。
 さらに3日後に1人が消えた。彼は、翌朝になって森の中で首を吊って死んでいるところを発見された。驚く者はなかった。彼の恋人だったという女性が、少し泣いた。彼女は、その2日のちに命を絶った。同じ木の下で。

 この日から雨が降らなくなった。わたしたちは飢えと渇きに苦しんだ。口にできるものはもう残されてはいなかった。
 空腹に耐えかね、森に入り、野草と少しの果実を手にしてきた者もいた。わたしはそれらには手をつけず、彼らが青緑色の植物や赤紫の果実を貪るのをながめていた。
 そして3人が夜中に苦しみ始め、嘔吐し、翌朝、手当てする者もないまま息絶えた。
 この森は動物の無粋な息吹を許さない森だった。草や葉には人の受け入れられない毒が含まれていたのだ。
 それから飢えに2人が殺され、それを見守るうち気の狂った2人が、鋭く尖った石でのどを裂いて死んだ。
 40と7日目、わたしはひとりになった。

 10と4つの夜を孤独とともにすごし、朝、雨が降ってわたしの孤独を洗い流した。11人の仲間たちは、このとき11の骸となった。
 いちばん古い骸を見た。わたしのビスケットを巡って殺しあった男だ。既に腐り始め、白く濁った瞳は落ち窪み、皮はどす黒く変色していた。
 半開きの口から蛆が這い出るのを目にしたとき、わたしは鋭く尖った石を「それ」の腕につき立てていた。
 そして、わたしは食糧を得た。

 わたしはもはや孤独ではなかった。わたしは生き延びる糧を持っていた。この島で誰もが得ようとして得られずに終わったものだ。私は勝者だった。
 孤独も恐怖も必要なかった。
 食糧たちは、わたしの役に立ってくれた。彼らの骨の丸いくぼみに雨水を貯め、内臓を袋代わりにして蓄えた。
 しばらくはこうして生きてきた。最初の肉を口にしてからどれくらい絶つのか判らない。
 40と7日目にひとりになり、それから10と4日目に孤独と悲しみとあと何か思い出せないなにかを忘れて、それから数えるのをやめたから。
 なにかを忘れてしまった気がする。思い出せない。わたしはどこから来たの。どうしてここでこうして生きているの。でも、それもやがて考えるのをやめた。

 女性と若い者の肉は柔らかく少し甘い味がした。肉は一旦「本体」からきれいに取り外し、日陰で数日置いたほうが美味しいということを覚えた。
 顔面を「解体」すれば脳を食べることもできた。古いものはもう腐り果てていて食べられなかったので海に捨てた。脳は少し苦く、強い濁った油のようなにおいがした。
 かつての仲間たちの記憶も、心も、すべてわたしとひとつになっていった。

 すべてのものを食べ尽くすのに何日かかったのか判らない。
 40と7日でひとりになり10と4日のち何かを忘れて数えるのをやめたから。
 白骨と思ったより多く残った臓物の残骸の山の中、わたしはふたたび失った。食糧を。生きるための術を。
 孤独はとうに忘れていた。そして他にも何か…そもそももとわたしが持っていた感情というやつがどのようなものだったか今となってはわからない。
 食べるものが尽きると、やがて空腹になった。飢えはまだ憶えていた。飢えを忘れ、また失った何かを再び取り戻さなければならない。
 けれどもわたしには何も残されていなかった。ふと、このままここでひとり死に呼ばれることを思った。それはひどく非現実的で、他人事のようだった。

 わたしは骨の山の中で、果てしなく見える海を微笑みながら見ていた。大きな船がゆっくりと沖を進むのが見えた。
 手を振ろうとは思わなかった。必要なのは生き延びる術だ。助けなど、呼ぶまでもないではないか?
 2つの夜をそうして海を眺めて過ごしたとき、ふと心が晴れた。
 考えるまでもないことだったのだ。
 食糧ならあるではないか。ここに。
 はじめに、左の指を齧り取った。
 痛みなど、とうに忘れていた。
 骨だけがむき出しになった指を舐め、次に腕を食べた。使い物にならなくなっていく骨はもろくなった部分から石で砕いた。
 いつか、いたような気がするわたし以外の誰かの生命と身体と心を。わたしの中に取り込んだそれを再び咀嚼しながら、わたしは忘れていた感情の中から何かを取り戻しかけていた。
 わたしは満たされていた。両腕を失う前に、両脚を食べた。
 最後の右腕を齧りながら、わたしは落ち着き、満たされ、全ての苦痛を忘れていた。その感情を何と呼ぶのかは判らなかったけれど。

 近くを通りかかった漁船が、無人島の難破船を見つけたとき、既に生存者がないことは明らかだった。10人以上とも思われる白骨死体が散乱していた。
 そんな中、異様な死体がひとつあった。両手両脚とほとんどの肉を失ったその女性は、なぜか幸せそうな顔をしていた。

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